2007年07月26日

新習志野市17話:「ベランダに咲く火」

sin017.jpg
#17 「ベランダに咲く火」

机の上に白くて丸っこい、小さな生き物を見つけた。あの日のあの時間が作り出したのだろう。
小さな生き物は、あの日とおんなじ口調で僕に語りかけた。

「久しぶりだね。君は元気にしているかい。
 相変わらず君は、色々なことに悩んでいるのかな。」

僕は何も言うことが出来ない。君はもう零れ落ちてしまったんだ。
大事に大事に拾い集めようとしても、もう届かないものだ。
僕は手を離してしまったから。

彼は遠くの時間から、僕にニコニコと笑いかけた。そして手を伸ばそうとしてから、その手が届かないことに気付いて少し驚いた顔をした。彼の黒くてまん丸い目が悲しそうな目に変わる。

そうだよ、
やっとの想いで、僕はそれだけ口にした。
彼はいつまでも、悲しそうな目でこちらを見ていた。


僕はベランダに出て、その小さな生き物を燃やした。
ベランダで物を燃やすということは、不思議なことだと僕は思った。
今までと同じように、僕の目から涙は流れなかった。でも僕の心からは赤い血がぽたぽたと零れた。
それを抱えていよう。僕は呟く。この分からない気持ちを抱えて、どこまでも行こう。
小さな白い生き物は、燃えながら話しかける。

「君はどこにいくんだい?」

僕にも分からない。
嘘偽りのない心を捜しているだけだ。

補足:新習志野市について
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2007年08月27日

新習志野市18話:「メヨのこと」

ねこーん
#18「メヨのこと」

メヨはひとりだった。

彼には両親も友達も仲間も恋人もいた。
それでも彼は、彼の心をうまく預ける方法を見つけることが出来なかった。
いつまでたっても安心が生まれない気がしていた。
本当はそんなもの、ないのかもしれない。

そうか、
メヨは思った。

彼は小さな仔猫を飼っていた。
小さなメヨに全て身を任せる仔猫の存在に、メヨ自身が誰かに全てを委ねることを許された気がして、メヨは嬉しかった。
愛を与えることで、愛が自分にも無償に降り注ぐ気がした。

でも、そんなもの、ないのかもしれない。

時間が音をたてて全てを噛み砕きながら、メヨに近づいてきた。
今までも、これからも。歪な時の歯車は全てを噛み砕いていく。
動物園をすべてみても分からないはずだ、
そうか、君がいるのか、
もっともっと早く気付けばよかったのにね、

あーあ。
メヨは小さく泣いた。



仔猫がメヨを見つけたとき、
メヨは前よりずっと痩せっぽちになっていた。
仔猫は小さく鳴いた。
あなたは最後までひとりだった。
仔猫は前足でメヨのみすぼらしい墓を粉々に砕いて、飲み干した。
メヨ、あなたはとっても小さかったけれど、
僕にとってはあなたは、残骸だけでもあまりに重い、
でも抱えていくよ、
きっと抱えていくよ。

仔猫はそう言うと、辺りに漂う闇のような時間を睨みつけた。
身を伏せて、光が揺らぐ目で、じっと時間を睨み続けていた。



仔猫は自らのことを、「メヨ」と名乗ることにした。この名前なら猫の声帯でも発音することが出来る。
新しいメヨはやがて街へ出た。時に噛み砕かれない強靭な身体が必要だった。
ゴミを漁り、鼠を狩り、他の猫と喧嘩をする日々。その繰り返し。
彼が仔猫から猫になるまでにはさほど時間はかからなかった。
やがてメヨは町中の猫を束ねるボスとなった。多くの猫を憎み、多くの猫を愛した。
彼の作った社会は多くの命を奪い、多くの命を作り出した。
すべて赴くままに。

そんなメヨにも等しく時の歯が下される。
全て奪われ、メヨの名を継ぐものも、もういない。
しかし、悪い気はしなかった。
時がメヨたちを食べるように、
メヨも時を噛み砕いていた気がした。
多くの命を食べ、
小さな時間の流れを、この身に。

だとしたら、時間が僕らを食べ、
僕らが時間を食べるこのくるくるは、
どこへ向かうんだろう。
メヨは時間を見つめながら問いかけたが、
時間もメヨに同じことを問いかけ続けるのだった。

そうか、
でもそんなことは、もうどうでもいい、
メヨの作ってくれたご飯が食べたい、
それだけでいい、
さかさまに流れない時が、只管に愛しいのだ


メヨ、
小さく鳴くと、メヨは目を閉じた。

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2007年09月05日

新習志野市19話:「爆弾部」

explosion.jpg
#19「爆弾部」

きっかけは何だっけ。小説の話だ。
僕たちには作者の気持ちがどうしても分からなかった。
様々な示唆はあるが、どこかで途切れてしまう。
彼は教えてくれたはずなのに僕たちには見つけることが出来ない。
それは少し寂しいことだ。

千切れた雲が街の向こうに消えていく。夏が通り過ぎてしまった。
窓際の僕の席に、時折風が冷たい空気を運んでくれる。
今日は紗智子が爆弾を作ってくる日だ。

チャイムが鳴り、昼休みになる。
友人と食事を摂る。いつもの光景。

爆弾出来たよ。
放課後、いつもの場所によろしく。

簡潔な紗智子のメール。
フワリとした、親しみよりは所在の無さに近いものを感じる。
でも、距離を置く訳ではない。
食事の合間に目を通す。本当に通り抜けていくみたいだ。
周りだけが普段どおりで、それでも引っかかることなく吹き抜けてゆく。

放課後になり、僕はいつもの河原に向かった。
紗智子は先に来て土手に座っていた。隣には部活をする高校生が持っていそうなボストンバックを置いている。
幸いにも、今日は野球や散歩で河原を使う人々もいない。爆破箇所を探して歩き回る必要も無さそうだ。
はじめようか、
そうだね、
僕たちは爆弾をセットし始める。

誰かを傷つけるためにやっている訳ではない。
それだけは確かに言える。僕たちの気持ちは憎しみではなく寂しさから来ている。
寂しさがどこからくるのかは分からない。
寂しさがどこに辿り付くのかも分からない。
それを思うと、僕は少し不安で悲しい気持ちになる。


今日の授業のこと、最近あったこと、なんとなしに話をしながら準備は進む。
紗智子は手際よく僕に指示を出しながら、火薬部分と起爆装置を接続させる。
テレビの小さなリモコンで遠くから爆発させるらしい。
そういう知識はどこで知るのだろうか。僕には分からない。
ものの5分もしないうちに設置は完了する。

「今日はどこまで下がればいい?」
僕は尋ねる。紗智子は少し考えてから、
「土手までかな」
と答えた。いつもよりずっと遠い。

使っている人がいないとは言え、通りかかる人は頻繁にいる。犬の散歩をする人、自転車で走り抜ける人、ジョギングをする人・・
僕たちはそういう人たちがずっと遠くに行くまで、話をしながら待っていた。
最近読んだ本のこと。音楽のこと。彼女が来週から精神病院に通うこと。少なくとも3ヶ月は帰ってこないこと。
そうか、
僕は言った。

誰もいない僅かなタイミングを見計らって、紗智子がボタンを押した。
「音量・小」のボタンだ。不思議なボタンを起爆ボタンにしたものだ。
刹那のうちに、ドォン、と爆音が上がる。
2m程の爆炎と土煙。僕の体は震える。少し遅れて小さな風がやってくる。
耳が痛い。

僕はぼぉっと小さな土煙を眺める。体のどこかにポッカリと風穴が開いたようだ。
土煙。

紗智子を見ると、彼女は声を上げずに泣いていた。
彼女にも風穴が開いてしまったのだろう。
僕も同じだよ。
悲しさが伝播して僕にやってくる。

紗智子との関係は不思議だ。
恋でもなく、愛でもなく、同情でもない。
心が似通っているのだ。
仲間。
そんな言葉が思い浮かんできて、僕は少し笑ってしまった。
紗智子はそれを聞いて少し怒った。

ややあって、いつものように僕は紗智子に確認した。
「悪用しないでね」
「決してしない」
そうして僕たちは爆弾の残骸を拾い集める。後片付けだ。
夕日が降りて、僕たちを赤く照らす。河を見て思う。

ねえ、僕たちは支え合えたけど、お互いを助けることは出来なかった。
でも、別の形で共に生きることは出来るかもしれない。
今日起こった土煙がいつか集まって、君の胸を埋めればいい。
いまは何が起こるかも分からず撒き散らしている言葉でも。

心と向き合っているうちに、僕もつられて泣いてしまった。
紗智子は少し笑った。
土煙は風に運ばれて見つけられなくなってしまった。
雲がゆっくり風に流れているのが見える。夏は過ぎ去ってしまった。
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2007年10月25日

新習志野市20話:「約束はきえない」

#20「約束はきえない」

ろうそくの明かりを灯す。部屋が浮かび上がる。
全てがらくたみたいだ。
結局のところ、見慣れた部屋のどこにも見るべきところが無いから、目を閉じる。
そこには赤い光景が広がっている。赤い空でもなく、赤い部屋でもなく、それは自分自身だ。


ひとこと呟く。
「まだ闇じゃない」


その言葉は部屋の隅々に飲まれてしまって、
僕にもどこに行ったか分からなくなってしまった。
ここで涙のひとつでも流せば碌でもないがまだマシな絵になるのだが、
いつからか流れなくなってしまった。

目を開けて、明かりを吹き消す。
うす暗闇が広がる。
でも、まだ闇じゃない。


手足の先が見えなくなるような感覚を覚える。
涙は悪いものを外に流す働きがあるようだが、
僕の手足には悪いものが堆積している。
僕自身が闇になりつつあるのかもしれない。
いままでが、息を殺して僕を見ている。

いまはただ、昔の約束を思い出して暮らしている。
もう有効なのかどうかもわからない、
君が約束を望んでいるのかもわからない、
でも取り出して眺めている。目には見えないけれど――
薄暗い中でなら、感じられる気がする。
どんなにボロボロになってしまっていても、約束はきえない。
破られることはあっても、約束はきえない。
その粉を吸い込んで、僕はいつかのままの原形をとどめている。


だが結局のところ、僕は暗闇の中で眠ることになる。
毛布にくるまれて、その日はなぜか君と長崎に行く夢を見た。
土産物屋の老婆と軽い世間話をした。
老婆が何かとても大切なことを言っていた様だったが、
時間に引き戻されて、朝にはどうしても思い出すことが出来ない。

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2007年10月30日

新習志野市21話:「別れと水と、喘息の犬の散歩」

#21「別れと水と、喘息の犬の散歩」

君からの手紙を読んで、僕は喘息になった犬みたいな音を立てて泣いた。
君の腕の中ならもっと上手く泣ける気がするんだけれど、
家の布団の上で不細工に鳴き続けた。
そのうちにそれは言葉になってこぼれ始めた。
僕は伝える先のないその言葉を拾って紡ぐだろう。
飽きることなく紡ぐだろう。

君から貰ったティッシュの袋からは、君の化粧品の匂いがした。
僕はそれがボロボロに朽ちてしまうまで、
においが拡散してどこにあるのか分からなくなるまで、
帰り道を失くした犬みたいに嗅ぎまわるだろう。
飽きることなく。

やがて匂いは、言葉は、水みたいに滴り落ち、
枯れ果てた涙の海の底に沈む。
静かに渦を巻いて
水面はただ透き通って
風は止み
時間は止まるだろう。

それは雨になってどこかで降るかもしれない。
「雨は悲しみを運んでくる」と誰かが言ったが、
君に悲しみが届くのならば、それは慈しみの雨と言えるだろう。
だがそういえば、君を悲しませたのも僕だったっけ。
独りごちて、呟き、呟き。
飽きることなく。
止むことなく。


時間が経ち、雨が降り続け、満ち満ちた時、
遠くで救いは訪れるかもしれない(だが、今や零れる言葉の時間は、対流に飲み込まれて動こうとしない)
言葉は言葉のままとして、いつか僕が雨を越えて君に辿り着いた時、
はじめて言葉が流れ始め
君を包み込むといい。

またどこかで。
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2007年11月06日

新習志野市22話:「ブランケッツ、街に眠る唄」

#22「ブランケッツ、街に眠る唄」

それなら聞いたことがあるよ。
この町で夜に動く人種には有名な話さ。勿論どこまでが真実なのかは定かではないけどね。夜に飛び交う話なんてそんなものだよ。どこから白でどこから黒かなんて、誰が見てもはっきりとは解らない。

彼らはとても力を付けてきているらしい。暴力を中心にしているが、でもその目的は暴力ではない。ましてや金でもない。何を考えているかわからない不気味な連中だ。
3人の男がその組織を取り仕切っているらしい。
その3人は誰がボスって訳でなく、3人で組織をコントロールしている。どうやら昔馴染みらしいんだ。構成員の年代も性別も幅広い。それでいて千人近くになるって言う構成員を頭なしに管理するのも妙な話だが…とにかくそうらしい。


幹部の1人はシューズ。ハッキリ言ってこいつが一番訳の分からない人間だ。
明るすぎるんだ。それから馬鹿過ぎる。善人ぶっている。
人間的な欠点なんて無さそうなんだが、それでいて組織の幹部だって言うからな。
どうも他の2人の仲を取り持ったり、他の仲間との関係を保つ役割らしい。
直接会ったこともあるが…冗談も言う。
「運び屋くらいしか仕事が回ってこないんだ。喧嘩も弱いしさ。」
だってさ……こいつが一番不気味だな。組織の顔の役割ではあるが、頭かどうかは分からない。


2人目はカマキリ。シューズとは双子の兄弟らしい。双子でもここまで違うかって程、こいつは凶暴らしいんだな。そして残忍だ。組織の影の面を動かしているのは間違いなくコイツだろうな。
キレるとヤバイ奴だし、誰にも服従しないが、他の2人の言うことなら聞くらしい。
邪悪、とはこういう人間のことを言うんだろう。
色々聞いているが…俺は関わりたくない。


最後はユープ。双子とは血縁の無い第3者らしい。こいつはまあ、分かりやすく言えばシューズとカマキリを足して2で割ったような奴だ。いいこともするが、悪いこともする。人を惹き付け、動かすこともあるが、残忍さで人を縛ることもする。
冷静で計算高いし、意味も無く嘘をつくこともある。行動は読みづらいだろう。
ただな、嘘を吐くって事は、どこかに弱みがあるってことだ。それを隠そうとしているんだ。嘘を吐く奴ってのはそういうもんだよ。
何を隠しているかは、勿論知らない。



不思議な連帯感を持った連中だよ。個々は違うんだが、鉄の結束を持っている。
今までにあった暴力団とはどういうわけか衝突も殆どなく、いつの間にか組織を作り上げた。かといって暴力団の下部組織と言うわけではないらしい。構成員も若者だけじゃなくて、50過ぎの婆さんなんかも入っているらしいしな。
関わり合いにならないのが一番いいが……、
それは無理だな。
社会にはあらゆる関係が転がっている。善いのか悪いのかも定かじゃないような関係が、ごまんとね。





男は語り終えると、少し疲れたようにウィスキーの水割りを全て口に注ぎ込んだ。
それから今まで喋りすぎたことを後悔するかのように、視線を上にして黙りこくった。
そして記憶のあちこちを探った後、本当にひとりの世界に還る。
暫くして勘定を済ませると、彼はタバコの匂いが充満する店を出た。

蛍光灯が頼りなく照らす薄ぼんやりとした街を歩きながら、彼は呟くように唄う。
唄は冬の始まりの空気に乗って、夜に吸い込まれてゆく。


僕が口ずさむ唄は きみのための うた
僕がみるゆめは きみのための ゆめ



それはきっと届かない唄。



外には家出をした少女が空を眺めて座っている。
どんなに寒さを身体に凍み込ませても、時を停める事は出来ないんだよ。
やがて明日は来てしまうだろう。
それでもこの秋はやけに暖かい。

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2007年11月08日

新習志野市1-2話:「つぶやき」、「手紙」

昔のものです。
新習志野市2

#1

『その日手紙を書いたのは、秋の気候の変化のせいではない。気まぐれでもない。内容も無い。とにかくその日、君に便りを書いた。
風呂に入ってきた知らない女に僕が殺されたのはその日のことだ。女は扉を開けて顔を覗かせ、次に僕を刃物で刺した。彼女は何を伝えたかったのだろうか?僕は倒れた。シャンプーの匂いに塗れて、時間を見失った。身体が冷たくなってゆく。小さい頃新習志野市で暮らした時のことを少し思い出した。でももうそれ以上何も思い出せない。最後に全てを思い出すには、安物のシャンプーの匂いは強すぎる。
『こんにちは。そちらはお元気ですか?
飛行機のチケット?遠くへ行くのですね。旅路に幸福のあらんことを。
スプーンを買った。少し高いスプーン。それから新しいハンガーと真鍮製のコルク抜き。
そういうものが日々に少し力を与えてくれる(ほんの少し)

今日はスーツを着て街を歩いた。背筋が伸びた。革靴で歩くのは普段よりずっと疲れたけれど、悪い気はしなかった。色々なことを考えていました。

どこにいくのか。もしも近くまで来るのなら、迎えに行きます。
さようなら、お元気で』





#2「手紙」

言葉を選ぶたびに 心は沈んで見えなくなる
僕は誰にも渡せない手紙を抱えて生きる
青色の便箋の手紙を抱えて生きる
あるとき僕は手紙だった

君は風呂に入ってきた女に刺されて死んだ
渡せない手紙を伝えるために 僕は生きる
もしも死ぬなら、君に手紙を書いた日がいい
もしも死ぬなら
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2008年03月26日

新習志野市23話:「祈り」

#23「祈り」

君の事を思い出すと、今でも涙がこぼれる。
ないことから目をそらすことは出来ない。
透明な。


僕は消えてしまった君がいる世界に言葉を紡ぐ。
君のための絵を描く。見えない絵を描く。
それが君の住む場所になるといい。


明日を作らなくてもいい。
花瓶の花。
花瓶の花と共に過ごすだろう。
花瓶の花と共に過ごすだろう。
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2008年06月28日

新習志野市24話:「モノレール・ドラゴン/毛布の中で見た夢のこと」

冗長になって
それでいて意味はなくなっているようだが、
とにかく書いてみよう。


#24「モノレール・ドラゴン/毛布の中で見た夢のこと」

モノレールの走る音で目が覚めた。窓の外には、空を横切って視界の奥底へと続く懸垂式のレールが見える。
寒さが全身に張り付いている。
僕は最近数え切れないくらいの夢を見る。
ほかの事は全部忘れてしまうくらいの。


モノレールが夢の中を横切っている。
そうして何か大切なものを運んでいる。
僕はそれを追いかけようとするのだが、街は入り組みすぎていて、たくさんの人が歩いていて、僕は見失ってしまう。
見失ってしまう、と言うのは正確な表現ではない。
なぜならレールはいつも見えているから。やはりどこからでも視界の奥底までレールは続いている。
僕は追いかけている間、街や人に触れて言葉を発する。単純な感想だ。
喫茶店であるいは駅であるいは書店であるいはビルの屋上であるいは花畑で、両親、恋人、仲間、あるいは見知らぬ老婆と、小さな少年と、様々な対話を。
あるいは長い長い道程に退屈して唄を口ずさむ。
溢れ出す言葉は僕の部屋を水浸しにしてゆく。

レールは終わらない。

思うにこの夢で、僕は街を構築しているのだと思う。
何度も繰り返すことで、1本のレールに街が折り重なってゆく。
長い背骨を中心に、流体の街が完成する。

それがモノレール・ドラゴン。


夢の一つ一つについて。
それは僕を今まで構成していたものとの対峙である。
大脳新皮質に僕が眠らせた人々との対話であり、景色の再構成である。
僕が僕であるという証拠を一つずつ提示しているのだ。
そしてそれを粉々に砕いたり、新たな可能性について検討したりする。

色とりどりの砂粒を手にとって、
ゆっくりとこぼしたとき、
落ちながら砂同士が噛み合い、
一つの像になるような、
そんな薄気味悪さ。

そのなかでモノレール・ドラゴンは巨大に育っていく。
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2008年07月20日

新習志野市25話:「ゾンビの作り方」

夏なので、怖い話でも書きます


#25「ゾンビになりたいな/そして、ことの顛末」

痛みを感じないからだが必要だった。
たとえ銃で撃たれても、怯まずに歩き続けるような。
そんな心が欲しかった。

僕はゾンビになろうとした。

手始めに僕は左手首を包丁で切り落としてみた。どうしてだかそうしなくてはならないような気がした。
包丁はどこかで止まってしまい、激痛が僕を襲った。
でも、暫く苦しむと痛みは嘘のようになくなり、僕の左手首はポロリと床に落ちた。

断面図は不思議とのっぺりとしたうすい肌色で、骨や筋肉のようなものは確認できなかった。
血もほとんど流れていない。表面は丸っこくてすあまみたいだ。
僕は怪訝にも思ったが、きっと本当とはそういうものなのだろう。
本で見たこと、人から聞いたことが、実際に試してみてその通りだとは限らない。ひょっとしたら世の中の殆どの人が間違っていたのかもしれない。
自分の目を信じるべきだろう。

その調子で、僕は右足、左足、左腕と切り落とした。
痛みもなく、すあまを切る様にすぐに切り取ることが出来た。
さっきまで僕の一部だった右足と左足と左腕を、「川」の字のように仲良く床に並べた。
僕はすっかり満足したが、肝心のゾンビになれたかどうかはよくわからない。
しかし肉体の痛みは殆ど感じていないようである。
だいじょうぶ、
傷ついても、生きていける。
言葉に惑わされることもなく。孤独でもいい。
ひたむきにすすむ。

残った右腕をどうしようと思って、僕は悩んだ。右腕で右腕が切れるだろうか?
そう考えていると、不意に電話が鳴り響いた。こんな時に誰だろう。ともあれ右腕がまだ残っている時にかかってきてよかった。
僕は受話器を取った。


「もしもし」


僕は息が止まるほど驚いた。受話器から流れてきたのは、僕の声だったからだ。
間違えるべくもない。
なぜならそれは、ビデオに録画されたような他人行儀な自分の声ではなく、
僕が話す時僕の骨格を通して直接聞く声だったからだ。

受話器の向こうに確かに僕がいる。
じゃあ今ここで受話器をとっている人はいったい誰なのだろう?
部屋の隅には手足が礼儀正しく横たわっている。
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2008年07月28日

鉱毒/怒れない

どこぞでお題を頂いて書きました。
怖い話です。こわ〜い。


「怒れない」



今日のたまごやき、いつもと違うでしょ。

夕飯を取る私を見ながら、妻は得意そうに話しかける。だが私にはその違いがよく分からなかった。
そうかな、と応えておく。おいしいよ、とも付け加えておこう。

鈍いわねぇ。少し赤い粒々が見えるでしょ?パプリカパウダーを入れてみたの。
ほら、最近グヤーシュを作ってみた時の余りよ。
砂糖の甘みじゃなくて、パプリカの自然な甘みが出てるでしょう?

そうか。おいしいよ。
妻は最近ハンガリー料理に凝っているのだった。ハンガリーの名産であるパプリカは、簡単に言うと赤ピーマンである。
日本でよく目にする緑のピーマンとは違い、強い甘みのある瑞々しい歯応えが特徴だ。
妻は料理好きなだけでなく、物も大事にする性分で、結婚当初に買った調理器具も12年使い続けている。



……あなた本当に鈍いわねぇ。
なにが?と聞くと、妻は冷たいような、穏やかなような目で私を見ながら語り始めた。

私がずっと使っているフライパンね。もうテフロンが禿げて、底が見えてるじゃない。
テフロンの内側の金属は、アルミニウムで出来てるの。

底が見えてるなら、買い換えても善いんだよ、と私は言った。妻はかぶりを振る。
妻は不思議な笑みを浮かべながら、得意げに話しを続ける。私は体に強張りを覚えた。

高温で調理をすると、アルミニウムは溶け出すわ。野菜炒めなんて、強火でさっと作るじゃない。
そうするとその野菜の中に、微量のアルミニウムが混入するの。
アルミニウムは脳内に堆積されると、脳の神経細胞の働きが阻害されて、行動、記憶能力に異常をきたすんだけど、
それだけじゃなくて、精神にも作用するの。
怒るとか、反抗するとか、そういう攻撃性が欠損してしまうのね。
第2次世界大戦中の戦争捕虜にも利用されたらしいの。アルミニウムを多量に血中に注入された兵隊は、従順になって様々な迫害に対して反抗しなくなったっていうらしいんだけど……知ってるかしら?

呆然として妻を見つめる。妻の表情は心なしか恍惚としてすらいる。


知らないわよね。あなたは鈍いから。でも気にしなくていいの。
私が段々鈍くしていっただけなんだから。あなた、結婚した時は優しかった。でもそれはなんていうか、気力があったからなのね。
すぐに飽きて、なあなあの生活。私思ったの、そうしたいなら一生そうしてなさい。
無気力に、何の反論もせず淡々と安月給を持って帰って、不満もなく暮らせば善いじゃない。

私は全く怒りを覚えないということはなかった。でもそれよりもっと悲痛なものに心を停められている様な気がした。

あなたは私のことになんて見向きもしないで、会社で叱責されても文句も言わずに……、そう、今までどおりでいいの。
出世なんてしなくて善いのよ。私はそれなりにお金も自由に使えて……子供も育っている。
あなたが透析脳症になって動けなくなっても、私が看病してあげる。そのくらいはするわ。
保険金もおりるだろうし……だからなんのしんぱいもないの。

誰が悪かったのだろうか?誰も責める事が出来ないような気がした。
私は思い出していた。明治時代、鉱毒で多くの労働者が息絶えた。
この時代に、私も静かな鉱毒で死のうとしている。緩慢に死のうとしている。
声も上げずに、ゆっくりと。誰かが搾り取られて、それでも黙々と……

そこには薄淀んだ貧しさが……平均より少し下の部屋に渦巻いていて……


だからなんのしんぱいもないの。
だからなんのしんぱいもないの。
だからなんのしんぱいもないの。
タグ:ノウノ
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2008年07月29日

島根県津和野町:「赤い映画」

 あかりははしゃいでいる。傾斜の緩い階段を駆け上がり、振り返って見下ろして笑った。緑の中で白い布が踊った。

 僕たちは休暇を利用して島根は津和野の、太皷谷稲成神社に来ていた。
たいこだにいなりじんじゃ。小気味良い響きがする。あかりがどうしてもSLに乗りたいと言ったので、わざわざ新山口駅から指定席券を買い乗り換えてきたのだった。
 SLに乗りたいだなんて、変わった女だ。

「だって、見たことも無い昔に戻れたみたいじゃない。」
 
 ふうん。
 そうして僕たちは単線を抜けて津和野にやってきた。

 津和野町の駅周辺は明治時代からの町並みの残る、落ち着いたつくりになっている。
 古めかしい建物の町役場があり、カトリック教会があり、民家と土産物屋があり、
その中に森鴎外の旧宅がまちなみにすっと収まっている。道の脇の堀には、鯉がゆったり泳いでいる。
 観光と田舎の普通の生活が同時に流れているのだ。

 そしてその街から、山と共に、山に横たわる赤い帯を見上げることが出来る。
太皷谷稲荷神社に続く表参道には、ずっとずっと、鳥居が連なっているのだ。
緩やかな段差の一つ一つに、赤い鳥居がしっかりと建てられている。
 それは赤色のトンネルのようだ。
 いや、正確に言えば、鳥居の一基一基には隙間があるので、それはまるでアーチのような長い長い赤い柵を囲まれて登っていくようだ。

 木々と鳥居の間から差し込む光と、照り返しの赤で、赤と緑の不思議な遊歩道。
あかりは今年で27になるが、普段は落ち着いている彼女らしくなく早足で登ってゆく。
「ねぇ。下を見て」
 その景色をうまく説明できるだろうか。柵の中を見ながら柵の隣を歩くいていくと、景色は柵に遮られ、隙間は瞬間を映し、まるでフィルムのなかに景色があるように見える。
同じようにこの鳥居のトンネルの隙間からは、見下ろす町が赤い映画のように見えるのだ。
 それは絵ではない。

 楽しいかい。
 あかりは僕の質問に微笑んだ。
 色彩のような女。
 ひかりの女。


 僕は君を今まで不幸にしてきただろう。貧しくさせてきただろう。
 この旅が終わると、僕にはもう何も残らない。
 後には周囲の悪意と敵意が残るだけだろう。

 あかり。
 君は映写機から零れた光のようにはかない。

「わたしはしあわせよ」

 その時、
 夕日が降りて、赤いトンネルの先から僕たちを照らした。赤い夕日の光で一瞬が焼きついた。フィルムのひとこまに立ち止まってしまったような。
 その時時間が止まった。

 かみかくし。

 僕は呟いた。
 できればこのまま、全て消し去ってください。


 帰りの汽車の中、僕はあかりの頭を抱いて思った。映画は終わってしまった。
でも、ひかりが焼きついてしまった。時間が止まった代わりに。
 きっとあれは狐が熾した火だったのだ。
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2008年12月21日

新習志野市26話:「雨の森、引き戻される」

僕は薬物やっていませんよ。念のため。

#26「雨の森、引き戻される」

 夏なのに寒かった。霧のようなあめが降っている。冷たくなった手で濡れた髪を掻き上げた。
 風の音がする。風と共に梢が揺れる音、落ち葉の音、あめの音、それらが無数に重なり合って、生まれて初めて本当のあめを受けたような気がした。
 ひとつきに三十五日あめが降る島、それが屋久島だ。屋久島の日々はあめに満たされている。島にそびえる宮之浦岳に吹く海風が、いつも葉や土を潤わせている。
 絶え間無く降るあめが、木々の表面の苔を生かす。
 苔が死に窒素を土に蓄え、木々を生かす。
 木々が守る。湿気を捕らえて、生き物をその枝に包み込んで。
 山肌は僕には、昔授業で見た腸の柔毛のようにやわらかく見えた。全てがとても早く腐り、とてもゆっくりと育つところ。

 僕はレールの上でひとりぼっちだ。
 かつて山道を葉虫のように切り開いたトロッコのレールは、霧と霧を満たす緑のひかりにひたされている。
 無数の地衣の間の無数の木々の間に、丸い目をした鹿がこちらを見ている。
 じっと見ている。
 指が冷たかった。

 薄暗い部屋に引き戻された。僕の部屋だ。時計は夜の三時をまわっていた。肩が冷え切っている。デジタル時計の青い光が部屋の中を照らしている。髪を掻き上げた。
 夢を見ていたのだ。アンフェタミンが消える前に、最後に見せた遠い記憶。最低の薬品が齎したどんよりと重い気持ちを水を飲んで掻き消そうとしたが無駄だった。
 追い立てられるように外に出た。寒さのためよりももっと酷い鳥肌を消したくて、僕はわけも分からず走った。とにかく嫌だった。

 家の近くの公園のゴミ捨て場の傍を通ると、ビニルの陰で素早く小さな影が過ぎった。野良猫の家族だった。僕は何故だかほっとした。生ゴミの分け前にありつく、小さな獣たち。縋るような僕の気持ちは対象を取らず温度の高いものに向けられた。只管指が冷たかった。
 猫は闇のどこかで声を上げていた。家族と逸れた子供の声だった。交差点の向こうにいた。車通りのない交差点を斜めに渡る。茶色と白の毛であることが辛うじて分かる。
 仔猫は小走りで駆けて行った。一軒家に停めてある車の下で、じっと耳を潜めている。近くで他の仔猫の声がした。兄弟も居るようだった。
 僕は仔猫を見つめた。笑顔を見せつける。仔猫は僕を見つめた。きっと分かり合えないのだろうという虚無感が僕を支配した。それはゴミ捨て場に張ってあった錘のついたネットがそう思わせたのかもしれない。仔猫の横に向けられた闇夜を探るような耳がそう思わせたのかもしれない。
 全ての湿気がコンクリートに還りつつあった。吐く息からやがて路面に零れ落ちてしまうだろう。

 引き戻された。今度は暗い暗い闇の中だ。僕が僕を見ている。
冷ややかな顔で見ている。
 彼の顔は腐っている。風と山と街の音がしている。
 僕は笑顔を見せ付けた。きっと僕はここに還るだろう。最期にここに来るだろう。ここさえも無い場所に僕は来るだろう。孤独も自分自身さえもなく。僕の細胞が打ち震えていた。
 安心していた。
 退屈の雨が僕を包み込んでいる。僕は寒さの衣を纏った。
 街には鉄道が走り始めていた。朝の光を受けて、街の血管が今日も動き始める。
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2009年11月06日

新習志野市27話:「猫の喫茶店の夢/混濁」

 それは特別な日だったのだ。
 いつもと違うメンバーで遊びに行ったから。
 迷い道をバスで抜けて辿り付いた。今まで迷った道を全て足したような道だった。
 洋風の屋敷のような喫茶店があって、そこで軽食を取る。本を読みながら、飴色の紅茶の湯気を胸いっぱいに吸い、アップルパイを食べる。

 どこかで見た事のある色のコートが目の端に留まる。
 昔の恋人だった。
 息が止まりそうになる。どうしたらいいかわからない。
 中庭に通じるガラス張りの出入り口から戻ってきたところだったのか。彼女が戻った席には、男が座っていた。清潔感のある小洒落た男だった。暗い紺色のジャケットを着て、髪は短く整えられている。
 だからきっと、それは特別な日だったのだ。

 いたたまれなくなって中庭に出た。関わりたくないような気持ちと、何をしていたか知りたい気持ちがあって、何より逃げ出したかった。
 外に出ると、たくさんの犬や猫やヤギや羊。
 そうか、君はこれが目当てでここにきたのか。知っているよ、君は動物がとても好きだったから。
 君はきっと、ここにあの男の子を誘ってやって来たのだろう。
 ふと遠くを見ると、彼女が歩いている。仔猫を連れて戻るところだった。茶色で目の大きいふわふわ。男の子はそれを中で待っている。
 声を掛けられなかった。掛けてどうするんだ。

 歩いて、小さくて毛の短い犬に出会う。灰色で青い目の小さな小さな犬。猫に苛められている。助けてやって撫でようとすると、脅えて逃げるのだった。
 また歩いて猫を撫でようとすると、威嚇して引っ掻かれそうになる。
「その子はすぐに引っ掻くから気をつけてね」と飼育係のお姉さん。
「怖いです」と僕はおどけて見せた。
 猫にやられた所は、皮がむけていた。鈍く痛む。血は出ていない。
 僕は店内に戻って、また迷い始める。何を迷っているのかは自分でも分からない。
 でも彼女はもう、新しい生き方を始めたんだよ。満たされて。
 もう僕の入り込む余地はないし、
 酷い別れ方をしている。お互いに傷つけあって、知らん振りして。
 きっと入り込んでも僕達はまた同じことを繰り返すだろう。
 僕は何に迷っているか分からない。

 彼女が席を立って、トイレに行った。
 僕達の席からそう遠くない場所に居る。店の窓から西日が差し込んで、カップや本が赤く照らされている。僕はまだ迷いながら観ている。
元の席には、男の子が行儀正しく待っている。
 いろいろな事があったのだろう。
 出てくると、彼女は不自然に髪が短くなっていた。丸坊主に近く。困ったような笑顔を今の恋人に向けた。
 僕には一瞥もくれない。

 決別はあったのかもしれない。彼女は今を生きている。そこから夢は混濁を始める。
 帰り道。いつの間にか僕はあの時と同じコートを着ている。
 またすこし分からなくなって、僕はゲームをした。自分が入り込めるような。
 体育館のような建物に入ると、2人の男が殺し合いをしている。どちらも今は敵なので見つかってはいけないが、見つかってしまう。兄が弟を殺した後に仲間になるはずだ。地下でそれは起きるので、僕は地下に向かう。2人の男がもつれ合う様に、追いかけるようにやってくる。
 地下は広い空洞になっていて、灰色の空に長い橋がかかっている。ラジオが流れてくる。
 おかしな映像が混線する。また2人の男が出てくるパチンコのCM。公園で仲良くじゃれ合って、「安い」のコピー。
 勝ちが安いと言うのか、それとも負けることが前提で、その負けが安く済むと言っているのか。どちらにしても酷いコピーで思わず笑ってしまう。
 一緒に来た友人達は居ただろうか。僕はゲームをしている。

 平気な訳ないだろう。
 帰りのバスのなか、街は不自然に明るい。
 平気な訳ないじゃないか。

■Sigur Ros - Hoppípolla
http://www.youtube.com/watch?v=4L_DQKCDgeM
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2009年11月26日

SS:「木曜 23:00〜」

 声優についてよく知らないけど

 家に帰ると、床が一面、声優の能登麻美子と金田朋子で一杯になっていた。

 能登麻美子、金田朋子、能登麻美子……
 金田朋子、能登麻美子、金田朋子……というふうに交互に、チェス盤のように並んでいる。なぜ交互に並んだのか。
「おかえつうるちりらごしゃまいろらいさませー」
 色々なキャラクターの声で好き勝手なことを言ったので混じってよく聞き取れなかった。

 僕はうんざりしながらも外で買ってきた一本一万円のマイクを五十本ほどばら撒いた。
 たくさんの能登麻美子と金田朋子が競ってそれを奪い合った。互いに争う最中に怪我をしてしまうものがいたので、僕は怪我した者の傷をペロペロと舐めてやった。
 幸運にもマイクを手にした能登麻美子と金田朋子は唄った。PAもないからマイクは意味も無いというのに唄った。何を唄っていたのかは案の定分からない。テンポも音程も曲目さえも合わせることなく、無茶苦茶だ。マイクを手に出来なかったものは、俯いて泣いている。だからマイクは無意味だというのに、何を泣くことがあると言うのだ。
 さあもう皆気が済んだろう、かえりなさい。と言うと、能登麻美子と金田朋子はてんでばらばら口々に不満を言いながら、ドアを開けて外に出て行った(何を言っているかは相変わらず聞き取れなかった)。多分今日は公園で野宿するのだろう。
 ふと気付いて、冷蔵庫を開けて味噌の容器を見ると中身が全て無くなっていた。多分留守の間に能登麻美子と金田朋子が全部舐め取ってしまったのだろう、調味料の類が全て無くなってしまっている。塩も砂糖も、豆板醤まで。インスタントラーメンの粉末スープまで、納豆の容器の中のたれと芥子まで、一滴も残して無い。まったく。明日も味の無いご飯か。

 僕は煙草を吸って一服した後、風呂に入って熱いシャワーを浴び、一息ついてから眠りについた。
 布団の中で、能登麻美子と金田朋子が複数人数居ないこと、そもそも僕は今日家から一歩も外に出ていなかったことを思い出して泣いた。

 突然ガチャリとドアが開き、能登麻美子が言った。
「来週もまたみてね!」
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2010年01月18日

新習志野市28話:「爪」

またちょっとこわい話です。

 学は酔うといつも決まって同じ話をする。
「解剖医なんて、外科医の成り損ねみたいなもんだ」
 食べ飽きた土鍋をつつきながら語る。高校の頃からの付き合いになる友人、学が、司法解剖を行う解剖医となってもう五年にもなるが、この滑り出しももう何度目になるだろうか? 話は決まって次のように続く。
「天分があるんだよ。実際何か特別な、強い神経と精神性がないと、外科医は務まらない。勿論解剖医の全てがそれを持っていない訳じゃない。でも俺には無かった。俺には誰かの命を預かるような度胸がない。けれど解剖医はやり甲斐もある。何より俺に向いてる」
 学は頭もよく、器用さも手際の良さもあるが、学生の頃から気の優しい、変に臆病な奴だった。それでも医を志したのは、あいつなりの正義感から来たものに違いない。誰かを救いたいという気持ちを、強い意志で見事に実現した。そして解剖医も立派に社会に貢献する職業の一つだ。日本における解剖医の割合は、著しく低い。病院以外で亡くなった異状死体のうち、司法解剖が為されるのはおよそ一割。日本では事件性がないとみなされた異状死体に関しては、解剖されることなく埋葬される。運良く司法解剖に回された(もしも事件性があればの話だが)死者の声なき声を聞き届ける医師達の果たす役割は大きい。
 まあ、こういう愚痴を聴くのは、俺なりの学への慰めというか、敬意を含んだ労いの一種だった。学もそれを知っていて毎度の様に言っている節がある。
「医大の頃、最初に解剖を見たときは本当に絶望したけどな。あの時は一週間は飯が喉を通らなかったな。今ではこの通り、仕事上がりにモツ鍋だ」
 ある程度の差はあるが、ここまでが学のお決まりの口上だ。
 しかし、ここからの話は毎回違う。普通に生活していては聞けない解剖の現場を、その場に居たプロから直接聞ける。その為に俺は毎回このお決まりの講釈を我慢していた。 学がここから先をぐっと声を潜めて語り始めるのも、周りの客に聞かれないようにするためだ。モツ鍋を食べているときに人間の内臓の検分の話を聞かされたら誰だって不快になる。そんな話を俺が嬉々として聴くのは、まぁ……俺も物好きだからか。
 もう二人とも日本酒の燗を五合ほど飲んでいて、こうしていつものように学の話が始まった。

「爪が伸びていたんだ」
 爪?
「薬物の過剰摂取で死んだ女だ。既に毛髪の解析の報告は済んでいて、薬物反応が出ていることも聞いていた。体内から検出された薬物はまだ特定されていないものを除いて、麻薬も睡眠薬も引っくるめて実に二十種類以上。コカイン、ヘロイン、モルヒネ、コデイン、ナルコテイン、ナルセイン、アンフェタミン、塩酸エフェドリン……、どれも致死量を遥かに超える量だ。死因は薬物性ショックによる心不全。最初から自殺する気か、あるいは誰かが殺す気で投薬したんだろう。これだけ薬品があると逆に警察も入手ルートを特定しやすいだろうよ」
 それと爪ってのは、何の関係があるんだ。そう訊ねてみた。
「いつも通り開胸して、肋骨を取ってから臓器の検分に当たった。肝臓は若いのに不健康そうなどす黒い色だったよ。恐らく恐らくずっと前から、長期的に薬物を常用していたのだろう。将来的に死ぬのが分かりきっている人間さ。ただ、出血量が普通より多いとは思った。薬物常用者は薬品によっては全能感が出て食事を摂らなくなることが多いから、血液量は少なくなる筈なんだが」
 持って回った言い方はやめて、核心を話せよ(これは我々が普段話すときの儀式のようなものだが、今日の学はどこかボンヤリとしたように、遠くの一点を見つめていた)。
「爪が伸びていたんだよ。検屍を行うために搬入され低温保存されてから最終的な検分が開始されるまで、諸々の手続きで凡そ二日間が経過していた。鑑識から回された写真を見て、ふと爪が伸びていると思ったんだ。身体や肌はボロボロだったが、手の爪だけは綺麗に短く整えられていたから、よく覚えてる」
 死んだ人間も、少しずつ爪が伸びるのか?
「まさか。心臓が停止しただけの段階なら、身体の細胞自体は死んでいないから、暫くは伸びる筈だが、伸びる爪の長さは高が知れてる。死にきっている人間の爪は伸びないよ」
 なんだ、今日は心霊チックな話か? お前にしては珍しい。
「そうじゃないんだ……。そんなのじゃない。テトロドトキシンは知っているか?」
 テトロドトキシン? ああ、何だか聞いたことがあるな。フグの毒だっけ。
「ああ、フグの内臓に含まれる猛毒だ。江戸時代では、よくフグによる中毒が起きていた。ご存知猛毒で、僅かに残存するだけで効果はテキメンだ。心機能が停止してコロリと逝っちまう。しかしその後で死んだ人間が生き返ったという記録が多々あるんだよ。毒の量がたまたま少なかったとかで仮死状態になっていた訳だ。通夜ってのは、そうやって死んだ人間がうっかり生き返えらないか夜通し見張るためだって説もあるらしい」
 ……まさか。
「俺が切った女は、実は生きた人間じゃ無かったのか? そう検分が終わってから思ったんだ。冷蔵されて体の機能は低下しているが、脳の一部が復帰して、弱々しく脈を打っていたのかも知れない。あの血液の量は、死んだ人間のそれじゃ無かった……」
 大勢の人間が集まってて、生き返った人間に気づかないなんてことがあるか? それに、爪の伸びる量も二日程度で目に留まるようなものじゃないだろう。
「心肺機能が低下している状態なら、気づかないこともごく低い確率だがあるかも知れない。葬儀中に棺桶の中の老人が生き返ることだって、現代でも稀にある。爪は……あくまで俺の疑念だ。でも無性に嫌な予感と言うか、そういう感覚がしたんだ。あの爪は伸びていた。今では俺が切っている最中も伸びていた気さえする。俺は生きている人間を切ったかも知れない。その時に、俺が本当にこの手で、殺したのかも知れない」
 血中の薬品は、致死量を遥かに超えていたんだろう? 蘇生する訳がない。万が一蘇生したとしても、そこから再び生存出来るなんてさらに望み薄だろう。どうせ死んでいたんだよ。
「ああ、俺もそうだと思う。でも今もこうやって手を見ると、あの感覚が蘇ってくる」
 気のせいに、決まってる。

 互いに言葉を見失って、薄ぼんやりした白熱灯の下で黙って暫く飲んだ。学は次第に鍋に手をつけなくなり、最後はぬるくなった酒を只管煽るだけだった。別れ際に「きっと疲れたんだ。休みを貰うといい」と言うと、学は弱々しい目で笑った。
 それを最後に、学は消えた。家族の話では、いつも通りに家を出てそのまま職場にも行かず、家にも戻らなかったらしい。
 あなたに判断していただきたい。何かが間違ったのだとすれば、いつ間違ったのだろうか? 俺が何も言えずに別れた時なのか、蘇生した女を学が切った時なのか、それとも学が解剖医になった時だったのか……。女の爪は本当に伸びていたのだろうか、それとも小心者が人を切り続けて見た悪夢なのか、いくら考えても答えは出ず。
 あれから一年が経って、道端で手を眺めてみた。少し前に切った爪は、半円を描いて一ミリ程伸びていた。
 見ていても何も感じ入ることは無い。
 暗がりが落ちてくる。命に対して去来する様々な問いを言葉にすることさえできないまま、その間にもきっと爪はいつものように伸び続けていた。
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2010年02月27日

新習志野市29話:「再生成クラゲ世界」

 窓の外にはあかり一つない夜。午前三時まで話をしていると、話すつもりでは無かったことを話してしまう。たとえ酒に溺れていなかったとしても。無意識に体中に溜め込んだ夜気を吐き出そうとして、つい一緒に出てきてしまうみたいに。景色の悪いホテルの一室。淀んだ空気。
「この瞬間に生まれ変われるとして、最後にひとつだけ物を持っていけるとしたら、何にする?」
 白いシーツに包まれて、数美さんが聞く。彼女は結婚していて、5歳になる子どもが居る。彼女は29歳で、僕は24歳で、簡単に言うと僕たちは不倫していた。もう少し複雑に言うと僕たちは仲良しだった。
 窓の外が、まるで台風みたいな風の音に溢れている。轟々と、家が飛ばされてしまいそうだ。まだ冬なのに。

「質問がよく分からないな。生まれ変わるってどういうふうに?」
 数美さんは宙に言葉を浮かべるように、少し見上げてくるりと指で円を浮かべながら答えた。
「ベニクラゲみたいに、だよ。ある日君がベニクラゲみたいになる。身体が小さくしぼんで、君の記憶はバラバラになる。テロメアが再生して、君は再び真っ白な人間として生まれる。その次の世界に、今君が持っているものをひとつだけ持っていけるとする。神様か博士か、偉い人の気まぐれで君は赦された」
 今日僕たちはかごしま水族館でそれを見た。ベニクラゲ。かごしま水族館のそれが2001年に若返り現象を起こしたことが確認されている。すべての生き物は固有の染色体を持ち、それを設計図に細胞を分裂させて身体を維持しているが、分裂を繰り返すうちに染色体のテロメアという部分がすり減り、老化がおきる。ベニクラゲはそのテロメアの再生をやってのける数少ない生き物だ。死んだ後、身体が縮みポリプという幼体に戻り、再び蘇る。なぜそのような性質を持つようになったのかは、まだ解明されていない。生存競争を勝ち抜いたものが、再び生を受けると言う面白い仕組みだ。入れ替わりの激しい種だから意味があるのかも知れない。
 小さく袋状になり、染色体を治しながら水中でくるくる回る自分の姿を想像した。想像する僕の横で数美さんも身体を転がせながら歌うように続ける。
「溶媒の中で、最後の記憶をバラバラにしながら、それでも君は生まれ変わる本能の喜びに包まれている。手足は収縮し、君は小さく丸くなって、記憶の全てを無くし、代わりに新鮮なかいわれ大根のようにみずみずしい、新品の染色体を手に入れる。そしてねむりながらゆっくり、ゆっくりと新しい身体を作り始める。新しく生まれる君はどんな環境で誰に育てられるか分からないけれど、今君が持っているものの中で、持ち運べるものを何かひとつだけ持っていっていいと言われた。さて、何を持っていく?」

 少し考えたが、あまりピンとこない。
「……難しい質問だね。例えば高価な物とか、有益な情報とかかな? 今大切な物を持っていっても、記憶を失った新しい僕にはどう大切かが分からないかも知れないからね」
 数美さんはふむふむとうなずき、合いの手を入れてくれる。
「それでもいいだろうね。銀行の預金通帳、とかでもいいよ」
 残念、僕はフリーターなので大して預金はないのだった。これは本当に残念……。では、僕の持っている最も価値のある物とはなんだろう?
「PCのデータを含めて一式とかね。情報を何もかも詰め放題」
 それでは僕は再び悪い人間になってしまう。あんなに楽しい玩具を与えてしまったら、僕は再び堕落の一途を辿るだろう。今の僕にとっては大事だが……。忍びない。
 僕の持っている、価値のあるもの。僕は自分の頭の中のおもちゃ箱をひっくり返して探す。そしてあまりに何もないことにあきれ返って、しかも悪いことに見なくてもいい過去を見てしまう。それは昔大事にしていて、いつの間にか大事じゃなくなってしまった、後ろめたい宝物。少し不貞腐れた子どものように、言わなくてもいいことを語りだしてしまう。部屋の湿気が頭に混じって、想像力が不安定な回転を始める。

「僕は、今きっと一番いらないものを持っていくだろうね」
 ふむ、と小首を傾げて数美さんが聞いている。
「新しく生まれる僕には、自分なりに新しいことをして欲しい。今僕に価値がある物はあげない。本やCDだとか、共通の価値観もあげない。その代わりにいらないものをあげる」
 それはなんだい、と数美さんが僕の顔を覗き込んだ。黙って僕が話すのを聞いてくれる合図だ。頭の中である程度の筋道をたててから、僕は話し始めた。

「僕が大学生の頃、付き合っていた女の子がいた。小さくて、髪の長い女の子だった。付き合っていて1年を過ぎたくらいだったかな、その子が急に『指輪を買って欲しい』って言い始めたんだ。
 その少し前には1周年のお祝いをしたばかりだったし(もちろん、プレゼントもしっかりした)、僕は指輪に興味が無かったから、僕はまた今度にしよう、と提案した。そうしたら女の子は、理由を並べ始めた。『同じクラスの友達が、彼氏とお揃いの指輪を買ってきて、自慢してくるの』って言ってね。
 僕は怒った。僕がそのすぐ前に送った1周年のプレゼント、ブローチと人形だったかな。あれは何だったんだ? 二人の記念にはならなかったのか? 君は友達と対抗するために指輪を買わなけりゃいけないのか? 僕は友達の彼氏と比べるために居るんじゃない。付き合って始めて位に本気で怒ったんじゃないかと思う。少し悲しかった。
 彼女は泣いたんだ。それから『ごめんなさい』って言った。でも、彼女の夢だったらしい。誰かと付き合う人とは、お揃いの指輪を着けたかったって言うんだ。
 あっさり指輪を買うことになった。それならいい。他と比べるんじゃなくて、単純に欲しいと思うんだったら、買うだろう。想いが蔑ろにされていないなら、それは価値のある指輪だ。僕はアクセサリーをあまり着けない方だから、着けないこともあるかも知れない。それでもいい? なんて言ったりした。彼女は本当に喜んでた。きっと物が欲しかったんじゃないんだろう。同じものを持っているという事実が欲しかったのだ。
 選んだ指輪は、決して高価なものではなかった。それでも当時の僕にとっては精一杯のものだった。一つで2万円位だったとおもう。ペアリングで半分こしてお金を払った。当時の僕のバイトの月の半分くらいのお金だったかな。精一杯の値段だった。彼女は『ずっと着けるね。大事にする』と嬉しそうに言ってた。僕も満足した。童話みたいに無邪気だった。それからずっと幸せに暮らしたそうです。
 もちろん多くの恋人たちがそうであるように、僕たちは結局は別れることになった。彼女が愛想をつかして連絡が無くなり、僕が別れを切り出した。僕は彼女のことをまだ好きだったと思う。でも互いに苦しんでいて、遂に手を離した。物の貸し借りをしていて、いつか返そうと言ったまま、連絡を取っていない。どちらとも、連絡を取らない方がいいと心のどこかで思ったのだろう。お互いのため――と名付けられた臆病な理由で。
 僕が指輪を買って身についたもの。"身近に抱きしめていて、胸の底から安心していた存在が――不意に、1年後でも、50年後でも、ひょっとしたら明日にも――消えてしまうかも知れない"ということ。それを知って僕は少し大人になった。心の全てで安心出来なくなった代わりに。
 暫く経って、家で指輪を見つけたんだ。捨てようか迷った。物には罪がない。かといって、他に憎悪する相手も見当たらなかった。自分は嫌いなところだらけだったけれど、憎んでいても無為なだけ。物に罪はないなら、究極的に言えば人間にも罪はないんじゃないかな? どこにも罪がないんだとしたら、どんなに素敵な世界だろうね。
 少し話しが逸れたけど、とにかく僕は指輪を捨てることが出来なかった。彼女はもう捨てたかも知れない。彼女は物で想いが維持出来ると思うほど即物的で、僕は想いが物に籠っていると勘違いするほど即物的だった。指輪は今も、部屋の何処かに眠ってる。
 生まれ変わる僕には、その指輪をあげる。売っても一文にもならないだろうし、見ても何も感じないだろう。つまり、それを見ても何も感じないことが"出来る"。誰かを抱きしめれば永遠に安心出来るような気持ちになるだろう。僕は生まれ変わった僕とは繋がりが無いから、新しい僕に意味が無くて、今の僕に意味があって且ついらないものを渡す。そして愛が消えてしまった新しい世界で二人は永遠を果たす」

 僕は何故こんなことを話したんだろう。きっと……この人だから、全部話したくなったのだ。数美さんもまた、指輪を持っている。どんな気持ちでそれを抱えているかは僕には分からない。今まで話した言葉に刺はないけれど、春の前に吹く強大な風のように、何らかの形で数美さんにダメージを与えているに違いない。でも僕は話してしまいたかったのだ。話さなければよかったとしても。
 数美さんはそっと身体を寄せて、僕を抱きしめてくれた。何も言わなかった。身体を重ねながらも、僕たちの心は決して休まらない。やがて何重にもなって訪れる別れを知っているから。それとも染色体が傷ついているからだろうか? 僕は自分がひたすら劣化しているような気持ちに囚われる。
 そうして暗い天井を見つめながら、二人で言葉も無く眠りにつく。生まれ変われることもなく、明日が必ずやってきてしまうだろう。だから今身を寄せ合うしか無い。
 まどろみの中で深海を思う。すべて赦された静寂な世界だ。僕は遠く海面を見上げながら深く夜気と泡を吐いて眠った。

 海の底で数美さんが呟いた。
 くりかえすよ。
 生まれ変われなくても、別れるときの悲しさだけは新しいんだよ。
 呟きはやがて嗚咽に変わって。まるで海の底で苦しんで泡を吐いているみたいで。僕は身体に熱い息を受ける。絞るような声は暗がりに消えていく。
 クラゲになれたら、どんなに楽だろう。終わりもきっと本能の喜びとして迎えることができるだろうに。
 今日一晩、泡の中で見る夢。再生成クラゲ世界。
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2010年07月06日

記念日

 夕方、子供の遊ぶ声で目が覚めた
 陽の光が落ち着き始めて、涼やかな空気が近づくのを感じる

 ああ、今日は記念日だったっけ
 記念日って、何の……?
 さあ。そのうち思い出すかもしれないよ。外に出てみよう

 着衣を整えて外に出る
 汗ばんだ体に風が心地よい
 家路を急ぐ人
 街へ繰り出す人
 交差して、夕暮れの向こうへ消えてゆく
 あの人達、僕の視界から出たら溶けているんじゃないのかな
 そんな勝手なことを思いながら
 さて、今日は何の記念日だったっけ
 ご馳走でも買ってお祝いしたほうがいいのかね
 鮭の刺身でも買おうか

 鮭の刺身はいつも通り美味しく
 簡単に記念日は終わってしまった
 丁度涙が出ないくらいの忘れ具合で

 おめでとう
 おやすみ
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