親知らずがパキッと欠けた。
どうも虫歯だったらしいが、脆くなった箇所が欠けてしまったらしい。
これは年貢の納め時、痛くはないが、親知らずだし思い切って抜いてもらうことにしよう、ということで歯医者に行くことにした。
前に行った歯医者がいっぱいで予約できなかったので、近所の別の歯科に電話する。
「こんなところに歯医者なんてあったっけ?」と思いつつも順調に予約は取れた。
歯医者というものはだいたいにおいて、治療回数を分けてお金を取るものである。初回は診察だけで終わって治療してもらえず、初診料だけ取られてまだ歯が痛い。予約はだいぶ先になるというのが常であるが、電話で確認したところその日に抜いてもらえるということだった。首尾は良好。
早速地図の場所に行くと、どう見ても遺跡のような古い建築物に医院の看板があった。
たまに通る場所なのに全く記憶になかったのは、古すぎて生きている建物だという印象がなかったかららしい。
おお……と思いつつも、中はそうでもないかもよ? 設備はいいかもよ?と自分に言い聞かせながら入る。
待合室を通されて、診療室に入ると、すべての設備が年代物で日に焼けてうす赤くなっていた。
「ああ…死ぬんだな……」と思う。
もう帰れないんだな……とか思いながらまな板の上に神妙に収まる。
結論から言うと、抜歯は全く痛くなかった。
非常に注射の上手な先生で、麻酔針が刺さった瞬間さえ分からなかった。
欠けて脆い歯(自分でパキパキ言うのが分かる)も、途中で折ることなく抜いてくだすった。
先生はよく笑う、目のやさしいおじいちゃんだった。
神様だったのかもしれない。
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その医院のすぐ近く、高架下の駐車場で、かっこいい車を見た。
お?おお……かっこいい……後ろもかっこいい……なんだこの車は……、かっこいいぞ……。
高架下で全く雨に降られず放置され続けた結果、全体が埃でコーティングされたらしい。
外から中の様子はほぼわからない。子供が埃に指で「こうちゃん」と書いた跡がある。自分の名前だとしたらなぜちゃん付けなのか。他人の名前だとしたらなぜ書いたのか。
ほっすぃ。
フルメタリックならぬフルブラウンである。こんなカラーのがどこかに売ってないだろうか。
ただし運転席から前が見えない。観賞用だ。
遺跡のような歯科といい、この周辺だけ時が止まったようだった。